雲海の見える山・立雲峡へ(2020.11.18~19)

2020年11月18日夜、私はJR二条駅のホームで列車を待っていた。日を跨ぐ旅行は夏休み以来である。それだけで、私の気分を高揚させるには充分だった。

同行者は2人、計3人の小旅行。夜の道を単独で歩き、山を単独で登るのは危険であるが、昨今の情勢を鑑みると大人数というのも好ましくない。バランスを考慮した結果がこうである。

私は、いや、我々は、と呼称する方が適切だろう。我々は、二条駅で列車の到着を待っていた。乗車する列車は、特急きのさき19号福知山行き。朝来市の中心駅である和田山まで列車に乗ってから、徒歩で立雲峡まで向かうというのが今回の行程である。

ところで、「立雲峡」という地名を知らないという人もいるだろうから、補足をしておく。一時期話題になった天空の城こと「竹田城跡」を望める、山の上の展望台のような場所である。竹田城跡とは、川を跨いだ反対側にある。

列車に乗り込む。空席を探している間に扉が閉まり、列車が動き出す。

しばらくして空席を見つけ、通路を挟んで横に並んで着席する。3人以上のグループでは席を向かい合わせにするというのが通例だが、現在では、特急列車に関しては座席転換を控えるようアナウンスがある。これも昨今の情勢を鑑みてのことだ。そして何より、向かい合わせにするにはテーブルが使えないという致命的な欠点がある。

保津川の紅葉、南丹の田園風景、京丹波の山々といった美しい車窓が窓の外に広がっているのだろうが、夜になればそれは真っ黒な中を時々人工光が駆け抜けるだけの世界である。見えるものといえば、せいぜい窓に反射した私の顔だろうか。

福知山までは特急列車で約1時間。ゆっくり寛いでいると、あっという間に着いてしまう。私は青春18きっぷで旅行することが多い人間ということもあって、1時間の乗車というのがむしろ寂しく感じてしまう。

そうして綾部を過ぎ、福知山駅に到着した。ここで我々は、普通列車豊岡行きに乗り換える。山陰本線和田山方面の最終列車だ。

列車のドアはボタンで開閉する方式であった。この方式は「半自動ドア」と呼ばれる。車内の温度を保つことができるため、発車を待つ乗客が暑い思いをしなくて済むだけでなく、省エネ効果も期待される。そのため現在では全国の地方路線はおろか、大都市圏でも見られる方式だ。

しかしこの方式を見た私は、驚いた。それは、やはり昨今の情勢の問題である。開閉ボタンは多くの人が触れる場所であり、また半自動ドア扱いでは換気が不十分になりやすいこともあって、現在は半自動ドア扱いを一時中止している路線が多いのだ。

そんな余談はさておき、列車は豊岡に向けて出発する。我々の降車地である和田山は、所定ならば40分弱の乗車時間である。

最初の停車駅、上川口駅に到着する。ここでは対向列車との行き違いを行うのだが、その対向列車が野生の鹿と衝突した影響で遅延しているとのことだった。早く家に帰りたい乗客からすれば良い迷惑だが、我々は明朝まで有り余るほどの時間があるため、何ら問題ない。

10分から15分ほどの停車ののち、対向列車が到着し、我々の乗る列車も発車した。そして、下夜久野(しもやくの)、上夜久野(かみやくの)という珍しい駅名を持つ2駅を過ぎると、府県境を越え、兵庫県へ。ここは朝来市である。

そして、兵庫県に入って2つめの駅、和田山駅に到着。我々の他にも下車する人がいた。地元の方だろうか。列車はすぐに発車し、暗闇の中にモーター音を響かせながら、テールライトを2つ、こちらに向けていった。

改札を出る。和田山駅朝来市の中心駅だが、駅構内はこじんまりとしていた。駅前も、そろそろ日付が変わろうかという時間帯にはタクシーすら停まっていなかった。

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深夜の和田山駅

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行程を地図で。ピンは立雲峡の駐車場。(出典:Google Map)

ここからは徒歩。所要時間は2時間ほど。距離的にはそこまでの距離ではないが、時間が有り余っていることもあり、終始スローペースだった。国道から離れてからは険しい上り坂になりながらも、何とか歩いて行った。周りに人工光が少ないため星空がたいへん美しいのだが、あいにく雲が多く星座全体が綺麗に見られる時間はそう長くない。そして、カメラの技術があまりにも不足していたことで、シャッターを切ることすらできなかった。我ながら、ひどいもんだ。

そして、午前2時半を回った頃、我々は立雲峡の入り口にある駐車場、すなわち登山道の入り口にやってきた。ここからは徒歩で向かう、のだが、そこにはある看板があった。

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登山道の入口にて。

画像の通りである。下調べが不足していたようだ。

しかし、雲海が出るのは朝6時頃からであるため、全く心配ない。ここで2時間、暇を潰すだけである。そもそも、看板の通り、深夜の登山道は危険である。

 

2時間後まで、特に書き記す内容もないため省略。

 

ここで、天候の状況を確認しておこう。

天気は晴れ、雲量は4程度。

最低気温は10度を超える暖かさで、前日との寒暖差は6度。

風は最大約3m/s。

状況としては、実は芳しくない。

しかし、雲海は自然現象。どうなるかは分からない。

 

4時半を前にして、係員と思しき人が2人やってきた。我々をはじめとして10人ほどが登山口の入口にいた。係員の老爺は「こんな早くから登って何するの」と、半ば呆れていた。我々がこんな時間に来なければ、彼らもこんな時間から働かなくて済むのだ。

さて、4時半。登山道へと向かう。足はここまでの行程もあって、疲労が出始めている。山道特有の階段、1段の長さが微妙で1歩で行くか2歩で行くか迷う。

正直、天候が厳しいことは分かっていた。それでも、前を行く若者の集団について、懐中電灯で足元を照らしながら、ゆっくりと山を登っていく。

登ること、30分。立雲峡の山の上、第一展望台に到着。まだ夜明け前で、竹田城跡のある方向には何も見えない。

夜明けまでの待ち時間、少しでも体を休めようと腰を下ろすと、地面が濡れていた。そうか、雲ができるにはこうならなければならないのか。

夜明けまではただの耐久戦。だんだん人が増える。耐久戦の詳細は特に語る必要もあるまい。夜明けまでスキップすることにしよう。

さあ、夜が明けました!

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立雲峡からの竹田城跡。

雲一つありません!下界の景色が良く見えます!

…悲しい。全く雲が無い。雲海を楽しみに来た人々のほとんどは、たまにはカメラを向けつつも、基本は同行者との会話を楽しんでいる。

登山道の入口にいた係員の老爺曰く「6時に出てないなら出ない」とのことであった。

さて、これなら早々と引き揚げようか。そう思ったが、私は同行者に頼み、もう数十分だけ滞在することにした。

私の目的は、播但線の列車を撮影すること。播但線は、姫路と和田山を結ぶJRの路線。この辺りは、終点にほど近いエリアである。

そして、時刻表通りに列車が来る。キハ40系列のエンジン音は、遠くからでもよく響いてくる。

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立雲峡から望む播但線の列車。

列車を撮影すると、進行方向前寄り(画像右)の車両が見慣れないカラーリングであることに気が付く。これは観光列車「うみやまむすび」用の車両のようだ。「天空の城竹田城跡号」をリニューアルして誕生したようだ。観光列車にとっては、今は苦しい時期だろう。外部から人を呼び込むことが憚られるような中では、そもそも知名度が上がらない。知らない列車にわざわざ乗りに行こうとは思い得ないのだから。

そして、これはマニアックな話になるので(既にそこそこマニアックだが)、鉄道に関して知識も興味も無い方はスルーしていただいて構わないが、進行方向後ろ寄り(画像左)の車両はキハ41形、両運転台化改造車である。元々両運転台のキハ40形はドアが片開きであるから、容易に見分けがつく。一時期青春18きっぷのポスターに登場して話題となった車両だ。

最後は竹田の風景と絡めて写真に。

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奥の橋は播但連絡道路

考えてみれば、雲海が見えた場合には地上の様子は見えない。すなわち、これは「失敗したからこそ」の作品である。それはそれで、価値があるのかもしれない。

我々は山を下りた。駐車場までは、明るくなった登山道を周りに気を向ける余裕のある程度で下りて行った。そして、登山道を終える。しかし、駐車場から先の下り坂はふつう徒歩で通るものではないようで、膝への負担が尋常ではない。県道に出てからも終わらない下り坂。結局膝を酷使しながら、竹田駅に帰ってきた。朝の時間帯ということで、播但線の非電化区間でも1時間に1本程度が運行されている。我々は和田山行きの列車に乗り、和田山乗り換えで福知山に到着する。ここで、1時間の乗り換え待ち。

ただ、我々は疲弊していた。乗り換え待ちを1時間したうえで、ここから二条駅まで2時間の列車旅。もう早く帰りたい。

駅の発車標には「きのさき号京都行き」の案内が出ていた。全会一致で1人990円の自由席特急券を購入し、特急で帰る。これで、1時間も早く着く。

乗ってすぐ、私は眠りについた。気づけば降車駅である二条。速い。特急は偉大だ。

二条駅に無事帰着した。

 

これにて立雲峡訪問記は完結。しかし結果的に雲海は見られなかったので、来年のシーズンにはリベンジしたい。雲海シーズンは例年9月下旬から11月下旬頃。前日との寒暖差が大きく、晴れていて風のない日が狙い目だそうだ。見られる可能性の高い日には早朝から多くの車が集うそうなので、車での訪問には十分な余裕を持ってほしい。

 

著者:さくら川(Twitter:@396gw)